2026年3月25日水曜日

弥生三月

 ついこの前公園の梅の花を愛でたと思ったらもう桜の季節、隣庭の3m弱の高さより上を去年切り取られた老木も新たな小枝を出して桜花を咲かせた。窓越しに毎年花を咲かせてくれる桜の老大木の頑張りに感動と感謝す。

連休シフトで靖国神社へ花見参りをしようかと思ったが、歯科通院のの後雨が降り出し、其れも明日まで続くようで、後日満開の時に行くことにする。

植物、草花にあまり興味のない自分だが、桜の花見は格別で毎年楽しんでいる。

桜の木には思い入れがある、小学5年生頃だったと思うが、下校途中道端に輸送トラックから落ちた一本の桜の苗木を見つけて持ち帰り、自宅の裏庭の下水近くにに植えた。太さ1~2㎝高さ1.5m程の小木がその後順調に成長し、家族が本州に引っ越す頃には幹が10㎝近くで高さも5~6m位に成っていた。

植えた翌年から毎年二階の自室から花が咲くのを観ては喜んでいた!自分が生涯で自ら植えた木は此の桜木一本だけだ、故郷を離れても忘れず此の桜だけは残って成長して大木に成り、花を咲かせている事だろうと常に思っていた。自分が其処で暮らしていた証のようでもあった。

北海道にその後何度か行くことがあったが大抵札幌市周辺で、故郷の旧住居の地に行くのは随分後になってからだった。

10年近く経てやっと現地に行ったが、残念ながら「僕の桜」はとっくに切り倒されて更地の畑に成っていた!!

周辺の住宅と共に取り壊しに成り、土地はブルトーザーで更地にされ空き地となった後、誰かが畑にしていた。桜一本邪魔なだけで躊躇なく除去されたようだ。(近所の人の話)

仕方のないことである、自分には何の権利も無い、只の社有地の桜一本は他の何本かの木と共に除去されただけの事だ・・・。

寂しい現実に動揺した、ずっと思い描いていたものとは違う現実に直面して、広がる畑を観ながら呆然とするばかりだった。

今でも桜は「僕の桜」は忘れられない、今では優に身長の倍以上に成長した桜の幹に手を添えて弟と並ぶ誇らしげな自分を写した写真でしか残ってない。

その写真の弟も去年亡くしてもういない。


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